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Hooked on metal!

Category : Hasse's Blog
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For this one you really need to change your mindset. You need to picture a life before internet. You need to think what it was like being 18-20 years old. In fact this is the reason we're having this 30 year anniversary. Back then there were many fanzines made by enthusiasts and maybe some real magazines that were dedicated to hardrock and metal but the one Magazine that stood out way above the rest was KERRANG. I mean what they published was the law! For a youngster digging hardrock it was the bible!

The latest blogpost was about the ending of Spellbound, this one is about how it all started. Our days was all about killing time at our jobs or in school, so that we could play in the evening. The average amount of rehearsals/week was something like 4-5 days for 3-5 hours each and everytime. Ola had a really crappy drumkit with some extra cymbals and toms he borrowed from me. The guitars reminded more of hockey sticks than guitars and the amps were about the same quality. With the help of some distortion boxes, an iron will and of course a good portion of music in all of us, the music started to "sing" after a short while. Within months we won a big competition that landed us a record deal with Sonet, a label mainly dedicated to pop. In the summer of 1984 we recorded our debut album "Breaking the spell". 4 days of recording and 3 days of mixing, together with producer Anders Helmersson (which I by the way met in London 2 years ago while on tour with The Flower Kings). For the 5 of us a week in the studio felt like an eternity since we were used to recording and mixing a demo of 10 songs in just one day (and according to sound engineer Tomas Eriksson, that also included lunch and a coffe break). Sonet had rented an apartment nearby the studio, where we now and then threw parties for people or maybe I should say girls we've never seen or met before. Hmm...they must really have wondered who we were, where we came from and what we were doing there? Still, according to this article we managed to get the work done.

A couple of weeks after this review Ola Håkansson, executive producer and head of this whole project (now in New York supplying Rihanna, Katy Perry, Taylor Swift and such with the right Swedish producers/songwriters) asked me what to do? This is really taking off he said, we've sold 3 000 copies in London alone in just one week!!! Well Ola...I'm 20 years old and I play music, you're supposed to tell me what to do. I know this week gave us an honourable position in the English import chart (can't really remember but think it was top 5!). It didn't take long before we got offers to get over there and play but there was just this tiny little detail. Managers all the way from USA started to contact us, promising us everything from a tour supporting Scorpions to major record deals and God knows what, there was just this one thing. Even Japan showed interrest in the band but there was nothing we could do because...and of course we got offers to play back home in Sweden as well but we had to turn most of them down. The reason for all this was that I was doing my share of time in the Swedish Military Service, which was compulsory back then (I was building bridges and I was also taught to blow them up). I joined the army about a month after the recording and by the time it all started to happen, I had 7 more months to go. By the time I got out, the momentum was long gone but I'd already started to write new songs while in the army, that we recorded in London during our 3 weeks summer break but that's another story. From one thing to another, I remember I had to register at lieutenant Bysells room before the 06:00 morning call everyday for the first 3 months and tell him: " Today I, Hans Fröberg will go into Södertälje to get me a clean haircut as soon as todays work is over." Of course I never did, I had mine in a hair net.
We're slowly getting there...hope you want to celebrate the 30 year anniversary with Spellbound and Krom at Allstars on September 6th. Info on tickets will be out soon. I recommend you to get yours in good time for the show. "Hooked on metal"!

日本語訳は(続きを読む)をクリック
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この投稿のために、君はまったく物の見方を変える必要がある。インターネット以前の生活を思い描かなくてはいけない。18歳から20歳はどんな感じだったかを考えなくてはいけない。実際これが、僕たちが30周年記念を迎える理由なんだ。当時、熱心なファンによって作られたファンジンがたくさんあって、HR/HM専門の本物の雑誌がいくつかあったんだけど、他のものよりずば抜けていたのがKERRANGだった。つまり、彼らが出版する物は法律だったんだよ!ハードロックに没頭する若者にとって、それはバイブルだったんだ!

前回のブログ記事は Spellboundの終わりについてだったけど、今回はいかにすべてが始まったかについて。僕らの日常は、仕事や学校で時間をつぶされていたので、夜に演奏することができた。平均的なリハーサルは、週に4〜5日、毎回3〜5時間だった。Olaは本当にボロボロのドラムキットを持っていて、それに僕から借りたシンバルやタムを加えた。ギターと言えば、むしろホッケーのスティックを思わせるもので、アンプも同じようなクオリティだったね。いくつかのディストーション・ペダルと、鉄の意志と、大部分は僕らの中にある音楽のおかげで、その音楽はしばらくして「歌い」始めたんだ。
ひと月の内に、僕たちは、ポップスを主に扱っていたSonetのレコード契約を獲得できる、大きな大会で優勝した。1984年の夏に僕たちはデビューアルバム「Breaking the Spell」をレコーディングした。録音に4日、ミキシングに3日、プロデューサーのAnders Helmerssonと一緒にね(2年前、The Flower Kingsとツアーをしているときに、ロンドンで彼に会ったよ)。僕ら5人は、スタジオでの1週間が永遠のように感じたんだ、というのは、僕たちは10曲の録音とミックスをたった1日でやっていたからね(それと、エンジニアのTomas Erikssonが言うには、昼食とコーヒーブレイクも含まれていたそうだよ)。Sonetはスタジオの近くにアパートを借りてくれて、そこで僕たちは時々みんな、というか、会ったこともない女の子達とパーティをしていたよ。うーん・・・彼女たちは僕らが何者で、どこから来て、何をしていたか不思議に思っていたに違いないよ。それでも、この記事によれば、僕たちは仕事をやってのけたんだ。

このレビューの2,3週間後、エグゼクティヴ・プロデューサーで、このプロジェクトを指揮していたOla Håkansson(今はニューヨークで、RihannaやKaty Perry、Taylor Swiftなんかに、ふさわしいスウェーデン人プロデューサー/ソングライターを提供している)が、僕に何をするか尋ねてきた。これは飛び立とうとしているんだ、僕らは今週だけでロンドンで3000枚売り上げたんだ!!!って彼は言った。ねぇOla・・・僕は20歳で音楽を演奏しているし、僕に何をすべきか君が言うべきだろう。僕はこの週、イギリスの輸入盤チャートで、僕たちがかなり良い位置にいたのを知っていたよ(ちゃんと覚えてないけど、トップ5だったと思うよ!)。
僕たちがそこへ赴いて演奏するオファーを受け取るのに、そんなに時間はかからなかったけど、これにはちょっと些細なことがあったんだ。はるばるアメリカからやってきたマネージャーは、Scorpionsのツアーサポートから、大きなレコード契約や、見当もつかないようなことを約束していたけど、ある懸案が存在していた。日本でさえバンドに興味を示してきたけれど、僕らは何もできなかった、というのは・・・それと、勿論スウェーデンへ帰ってプレイすることも提案されたけど、ほとんど断らざるを得なかった。僕がスウェーデン軍の兵役を務めていたのが、このすべての理由で、当時は強制参加だったんだ(僕は橋を建設したり、それを爆破する方法も教わった)。
レコーディングが終わって大体一ヶ月後に兵役に加わって、それからすべてが起こり始めるまで、僕は7ヶ月間(兵役に)行っていた。僕が(軍隊から)出てきた頃には、とっくに勢いを失っていたんだけど、軍隊にいた間、僕は既に新しい曲を書いていた。それは3ヶ月の夏期休暇の間にロンドンでレコーディングしたんだけど、それはまた別の話だね。話は飛ぶけど、初めの3ヶ月、毎朝6時前の点呼に、Bysells副官の部屋で記名をしなければいけなくて、彼にこう言ったのを覚えてる;「本日、わたくしHans Fröbergは今日の任務が終わり次第Södertäljeへ行き、きれいに散髪するつもりであります。」勿論やらなかったし、ヘアネットを使ってたんだ。

僕らはゆっくりとそこへ向かっている・・・9月6日のAllstarsで、SpellboundとKromと一緒に30周年を祝いたいと、君が思っていることを願うよ。チケット情報はもうすぐ発表される。早めにゲットすることをお勧めするよ。"Hooked on Metal"!

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このエントリーで、BURRN!1985年10月号に掲載されたSpellboundのインタビューについて、軽く触れています。当時はHasseだけでなくOlaも兵役に行っていました。B!誌のインタビューによると、JJ Marshも兵役に参加し、飛行機の整備をやっていたそうですが、彼の勤務地は家から近くて、毎日自宅へ帰れたようです。Hasseが赴任したSödertäljeは、ストックホルムから南西へ30km行ったところにある工業都市で、Knivstaからは南へ50kmくらい。ちょっと離れていますね。スウェーデンの徴兵制度については、最近は聞きませんが、90年代まではちょこちょこインタビューの中で話題にのぼっていた記憶があります。Jonas Reingoldはたしか「バカのふりをして逃れた」と言っていたような気がするし、かのJens Johanssonは「オネショをしてしまうので」と言って、兵役が免除になったというのをどこで読みました(^^;)。そんなに厳格ではなかったようですね。

Wikipediaの「スウェーデン」によると、「徴兵制度(19歳~47歳の男子が対象。女子は対象外である)が実施されていた時代があり、兵役拒否を希望する男子に対して介護や医療などの代替役務を課すことにより、「良心的兵役拒否」が認められていた。2010年7月1日に徴兵制度は正式に廃止された。」そうです。背景には財政難があったようですね。
14年前の記事ですが、ここでスウェーデンの徴兵制度に対する面白い見方があります。ちょっと偏ってると思うけど、日本人が憧れる「スウェーデン、すてき(はぁと)」と違う姿があって、興味深いと思いました。

バンドから話が離れてしまいましたが、現在、チケットはよく売れているようです。観たいなぁ・・・。

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Author:momodisson
変なハードロックと、プログレの端っこが好きです。ビールも好きです。
HP: http://spellboundjp.web.fc2.com/

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